2010年代のSHIBA(BIOGRAPHY)

2010年 
4月、4人ザ・アシカラズで福岡2デイズ。
1月、4月、6月、9月、12月と5回も北海道ツアーして「来過ぎ!」と言われる。
年末に初めて福岡に帰らず、栃木のダウンタウンでカウントダウン。
この年230本。
 SHIBA[ヒストリー追記/110722]

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 2000年代のSHIBA(BIOGRAPHY)

2000年 
『JA−JA』でレコーディング。
3月3日、ホームページ(shiba web site/シバウェッブサイト)開設。
5月21日、2ndアルバム『プロローグ』発売。
バンド(SHIBA & The blue corner)で九州と東京ツアー。この時イマブーに会う。
タケチャンとプチツアー。
7月、加川良さんの函館のイベントの前夜祭で『あうん堂ホール』に出演。平田達彦さんとヤマチャンも出演していた。札幌で初ライヴ。
秋、初徳島ライヴ。続いて初奄美大島ライヴ。そんな感じで日本のあちらこちらを歌って回るようになる。


2001年 
バイトとツアーの日々。可能な限りタケチャンも一緒。
梅雨、刺激を求めて上京。初独り暮らし。
冬、長野の『Blue Jeans』が持っているスタジオで弾き語りで録音。
冬、久しぶりの沖縄ライヴ。録音したアルバムを『ハイウェーブ(沖縄)』から出してもらうことになる。ラッキー。
秋、アカネとライヴをやり出す。


2002年 
3月、イマブーともライブを始める。
5月、二ヶ月弱のアメリカ放浪の旅。ロスで日本人経営のジャズバーでライヴ。
ニューヨークで風邪をひく。これまた日本人経営のスナックでライヴ。
シカゴではライヴハウスに飛び入りでライヴ。ブルースフェスティバルを観に行って、ブルースに飽きる。
同じ時期にイマブーもシカゴにやって来て、二人で郊外の日本人経営のバーでライヴ。
7月、帰国後、3rdアルバム『名モ無キ猫ノブルース』(HighWave)発売。(7月27日)
10月、札幌でKAZUYAさんに出会う。小島真由美ちゃん以来の衝撃を受ける。今のところ僕の理想に一番近い人。


2003年 
1月、アカネとタケチャンとヤマチャンでデモテープ録音。
5月、それにイマブーと村上さんとユウチャンが加わって改めて東京でレコーディング。
8月8日、4thアルバム『DEAD ON BED』(HighWave)発売。
北は北見、南は石垣、日本各地を巡りに巡って、この年のライヴ数ちょうど200。
 SHIBA[ヒストリー追記/041021]


2004年 
特に変化もなく、相変わらずライヴライフ。
11月頃からアルバム『歌の愛』のレコーディングに入る。
12月、東京と栃木でザ・アシカラズ6人揃って初ライヴ。
 SHIBA[ヒストリー追記/051219]


2005年 
お陰様でライヴライフ。2月頃からアルバムの仕上げに取り掛かる。
9月9日、アルバム『歌の愛』(HighWave)を発売して、
ザ・アシカラズ(SHIBA & TAKE & MURAKAMI & YAMA & imaboo)東京埼玉でライヴ。
12月、ザ・トリアエズ(SHIBA & MURAKAMI & imaboo)札幌ライヴ。
年末、ザ・アシカラズ(SHIBA & TAKE & MURAKAMI & imaboo)福岡ライヴ。
 SHIBA[ヒストリー追記/051219]


2006年 
ただひたすらライブの日々。日本列島巡り巡って二百一本。
年末福岡、ザ・アシカラズでレコーディング、大晦日49のカウントダウンライブ出演。
 SHIBA[ヒストリー追記/080105]


2007年 
2月、喉のポリープ摘出手術をして、しばらく活動停止。
3月中旬から活動再開。
5月、東京のアパートを引き払う。実家に帰らせてもらう。
6月、福岡でザ・アシカラズの2デイズライブとレコーディング。
7月から一ヶ月、石垣島の知人のアジアン雑貨屋「市蔵」でアルバイト。人生初の丸刈り体験。
9月、レコーディング。
10月中旬から一ヶ月、エコキャラバンに参加。( フジテレビ系7社(九州)で番組順次オンエア [2007.12.23 - 2008.1.7] )
24日、SHIBA&TAKE を NO MISS GUITARS に改名して、アルバム『柴武』発売。
12月8日、ザ・アシカラズのアルバム『アシカラズ』発売。
 SHIBA[ヒストリー追記/080105]


2008年 
5月、宮城、秋田、山形で4人ザ・アシカラズでプチツアー。
5月に高知県と滋賀県、8月に石川県での初ライブをやって、無事47都道府県制覇。
11月福岡のdiveで「どんとおいで」のレコーディングに着手。
ライブ三昧でこの年223本。
 SHIBA[ヒストリー追記/110722]


2009年 
6月プチアルバム「どんとおいで」発売。
9月ライブアルバム「哀歌謳歌」発売。
相変わらずのライブ三昧。この年235本。
 SHIBA[ヒストリー追記/110722]

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 1990年代のSHIBA(BIOGRAPHY)

1990年 
叔父から生ギターを譲り受け、いわゆる弾き語りってやつを部屋で練習していたら、家族から数々の苦情が寄せられる。それでもめげない。漠然と、らーめん屋になるべきか、ミュージシャンになるべきか悩み始める。一応大学は受けるつもりだったけど、受験勉強そっちのけでギター三昧。


1991年 
ってな訳で、大学受験失敗。新聞広告でふと、「ピアノ調律の資格が取れる!!」って宣伝文句を見て、調律の意味さえ知らずにその専門学校に入学。入学後調律の意味を知り、 「あ〜、ピアノって音が狂うんだぁ〜。へぇ〜。」と思ったことを覚えている。天神のうどん屋でバイトをするようになり、バイト先の先輩のバンドにギターで参加。バンド名は『地獄の三丁目ブラザーズバンド』。この頃ぼちぼち作曲を始める。ただし、曲のみ。作詞は店長が担当。ロバート・ジョンソンを好きになる。生まれて初めて自分の金でギターを買う。フェンダーのストラト。


1992年 
うどん屋はほぼ一年で卒業。学校とバイトと音楽の日々。夏休みに調律の練習用に生ピアノを中古で購入。バンド用に作った曲に初めて詩を書いてみた。それが「空の上の青空」。バンドメンバーは皆忙しく、練習は夜中たまにやってたけど、ライヴは一回のみ。「もうイイ!一人でやろう!」と半分自棄になって弾き語りに目覚める。幾つか歌も出来て、20歳の誕生日を迎える前に、何かやっておこうと思って 一人でライヴをすることを決意。デモテープを天神の照和に持ってったけど断られる。その後、学校の友達に紹介してもらった『CHEAP SIDE』で初ライヴ。高校からの友人 岡崎(現在うどん屋)と二人で自宅録音などして遊ぶようになる。


1993年 
4月。ピアノ調律師として無事就職。高校からの友人らとバンドを組む。バンド名『Mr.Fill Line』(意味不明)。弾き語りと平行してこのバンドでもライヴをやり始める。 少しずつライブが増えて行く。ブルースをよく聴くようになる。


1994年 
『CLUB49』にブルースバンドのライヴを観に行って、「こんなにマジメにブルースをやりよる人達がおったった〜い!」と衝撃を受ける。その後『JA−JA』や『CLUB49』でもライヴをするようになり、博多のブルースマン達とも交流を深める。タケチャンと出会ったのもこの頃。それから数ヵ月後には一緒に演奏するようになる。『CLUB49』は当時オリジナル禁止だったので、この店ではバンドでも、一人でも、タケチャンとやる時も、ブルースやジャズのコピーをやっていた。また平田達彦さんにもこの頃出会い、いろいろ世話になる。


1995年 
バンドメンバーが仕事の多忙により『Mr.Fill Line』は自然消滅。まわりのブルースマン達とバンドを組んだり、セッションしたり、弾き語りライヴと合わせて、福岡だけなのに月十本くらいの割合でライヴの日々。昼は仕事で夜はライヴ。寝不足ではあったが、かなり充実していた。冬、『JA−JA』でモジョ・ハウスに出会う。お互い嫌な感じだった。


1996年 
春、石の上に三年いたので辞職。同時に福岡のイベント会社にバックアップしてもらいながら音楽活動。夏頃から月一回ペースで『クッキン』でライヴ。ここでズッキーニと出会う。秋、初沖縄でイベントに参加。
10月、クロスFMで番組スタート。( CROSS FM(福岡)レギュラー番組『SHIBAのしばし恋愛』毎週木曜深夜1時30分〜2時放送 [1996.10.3 - 1998.4] )


1997年 
夏、レコーディング。
10月15日、デビューミニアルバム『ゆっくり急げ!』発売。
キャンペーンで各地を回る。ライヴはなかったが札幌にもこの時初めて訪れる。


1998年 
2月、海の見える別荘を借りて、軽い軟禁状態で曲作り。こたつに潜って長野オリンピックを見ながら出来た曲が『♪ エピローグ』『♪ Another Time』など。
4月、クロスFMと調度入れ替わりで長崎FMスタート。( SMILE FM(長崎)レギュラー番組『CORE Radio Boxx』[1998.4 - 2000.3] )
6月から三ヵ月程、レコーディングとプロデューサのkyOnさんとの打ち合わせを兼ねて、東京のウィークリーマンションに住む。kyOnさんからもっと曲が欲しいと言われ、10日間で無理矢理10曲作った。『♪ 雨の散歩道』『♪ コンドル』など。この頃、雑貨屋で小島麻由美ちゃんのCDに出会う。以後ハマる。
11月5日、マキシシングル『エピローグ』発売。


1999年 
長崎と福岡でkyOnさん(Key. G./ex. ボ・ガンボス)、
依知川伸一さん(B.)、上原ユカリさん(Dr./ex. シュガーベイブ)と共にライヴ。
『BEA(福岡)』( BEA VOICE issue. 239/『FBS MUSIC CLUB Vol.5 SHIBA 1999 LIVE』1999.2.7(日)福岡・スカラエスパシオ )
秋、単独で関西ライヴツアー。晩秋、タケチャンと再会。年末ぐらいからまた一緒にライヴをやり始める。

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 1980年代のSHIBA(BIOGRAPHY)

1980年 
姉の影響で聖子ちゃんとたのきんトリオを好きになる。特にトシちゃん。しょっちゅう家出していた。長くて2時間ぐらいやったけどね。


1981年 
福岡市に引っ越し。世の中ツッパリとなめ猫ブーム。アニメではガンダムが流行っていた。僕ももちろんアムラー(?)。人前で涙は見せまいと決心したのを覚えている。


1982年 
相変わらずトシちゃん。て言うか、ますますトシちゃん。でもジャッキー・チェンをテレビで見てからと言うもの、アクロバットの修行に励む。平和主義だったから、喧嘩の方はよしといた。誕生日にジャッキーの『拳精』と言う映画の主題歌『チャイナ・ガール』のレコードを買ってもらう。散々聴いた。家に犬が来た。姉がチョンと名付けた。


1983年 
月々何百円の小遣いを必死に貯めて、ジャッキー映画の主題歌がたくさん入っている『パーフェクト・コレクション』ってLPレコードをゲット!毎日聴いた。よく「初めて買ったレコードは?」なんて聞かれるけど、これなのよさ。説明が必要なのよさ。結構面倒くさいのよさ。後、自分用のカセットテープを持ったのもこの頃。確かピンクのカセットにマイケル・ジャクソンの『スリラー』が入っていた。自分の家でも、このダビングってやつをしたかったけど、当時コンポなんて家にないんで、レコードプレーヤーのスピーカーにラジカセを近づけ、雑音が入らないように静かにしながらダビングした。でもだいたい最後の方にチョンの声が入っていた。


1984年 
まだジャッキー。と言うかひたすらジャッキー。そしてジャッキー。時々明菜ちゃん。みたいな。ブレイクダンスが流行ってみんな廊下で回っていた。アルフィーを聴いて、なぜかドラムに憧れる。格好付けるのは止めようと思って、次の日から小さくなったランドセルを無理矢理しょって通学したのを覚えている。


1985年 
中学生。おにゃんこくらぶや光ゲンジが流行っていたけど、そろそろ流行りには騙されないようになっていた。オフコースや長渕剛、明菜ちゃんをよく聴いていた。


1986年 
サザンオールスターズが好きになる。暇なときはレンタルレコード屋に通った。『天空の城ラピュタ』を観て宮崎アニメにハマル。関係ないけど、もう恋なんてしないと決心したのを覚えている。


1987年 
BOOWYが流行って、あっけなく流行りに流される。本気でギターが欲しくなったけど、当時の自分にとっては手の届かない程高価な物。高校受験をパスしたら、親にねだってみようと計画する。


1988年 
晴れて高校生。念願のエレキギターを手に入れる。従兄弟のお古だった。初めて練習して覚えた曲は、サザンの『いとしのエリー』。ひと月かかった。間もなく訳も分からないのにBOOWYのコピーバンドに誘われてギターで参加。訳も分からないのにライブ。めちゃくちゃ。


1989年 
僕らよりちょっと早くバンドを始めた連中は、BOOWYではなく、ストリート・スライダースやレッド・ウォーリアーズなんかをコピーしていた。僕もスライダースが好きになり、その辺から知識を得て、ローリング・ストーンズやビートルズ、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンなどを聴くようになる。

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 1970年代のSHIBA(BIOGRAPHY)

1972年 
12月13日、福岡県甘木市にて誕生。両親と姉二人の五人家族。


1977年 
久留米市の幼稚園に入園。家にあるレコードをよく聴き、よく歌っていた。アニメソングとかピンクレディーね。十八番はゴレンジャー。


1978年 
嘉穂郡穂波町に引っ越し。運動会のいす取りゲームでズルして優勝。以後ズルくなる。


1979年 
小学校に入学。ラジオから流れてくる歌謡曲をよく聴いた。怪物くんの映画を観に行って、初めて感動して泣きそうになる。

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